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東京地方裁判所 昭和39年(行ウ)36号 判決

原告 西巻正一

被告 東京陸運局長

訴訟代理人 高橋正 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一  被告が運輸大臣の委任に基づき、管轄区域内のタクシーの営業免許について権限を有するものであること、原告が昭和三八年三日一八日付で道路運送法第三条第二項第三号の一般乗用旅客自動車運送事業の免許を申請したところ、被告が同年九月一〇日聴聞を実施し、同年一一月二二日付で右申請を却下したこと、原告がこれを不服として昭和三九年一月二〇日運輸大臣に審査請求したが、その後三ケ月を経過しても、その裁決がなかつたことは当事者間に争いがない。

そこで、以下に、右免許申請却下処分の適否について判断する。

二  〈証拠省略〉を綜合すれば、本件処分がなされた経緯につ

き次の事実が認められる。

(一)  被告は、本件処分よりさき昭和三八年頃東京都区内における一般乗用旅客自動車運送事業の供給輸送力の増強に関する基本方針を策定し、これにより、新らたに一人一車制の個人タクシー約三〇〇両の営業を免許することとし、道路運送法第六条第一項各号の基源による免許申請の審査上、重視すべき事項を定めて、同年四月一一日付東京陸運局報に、その旨を公示した(ただし、右公示の事実は当事者間に争いがない。)が、右事項は、

イ  年令が概ね四〇才から五五才までであること

ロ  概ね一〇年以上の運転経歴を有すること

ハ  過去三年にわたり道路運送法及び道路交通法等関係法令の違反行為により行政処分また司法処分を受けていないこと

ニ  事業の適確な遂行に支障の生じるおそれのある疾病がないこと

ホ  車両の適正な管理と道路交通の安全を確認するため車庫の立地及び収容能力が適切であること

ヘ  事業の健全な経営を確保するため、資金計画が健全であり、かつ、資金調達の見とおしが確実であること

の六項目であつた。

そして被告は、多数の申請を右事項の趣旨に沿つて適正公平に処理するため更に詳細な内部的審査基準を定め、聴聞担当官に周知徹底させたが、右ハに関する内部的審査基準は、聴聞の日から過去三年以内において、道路運送法、道路交通法等関係法令違反により司法処分または行政処分を受けたもので当該違反が一般乗用旅客自動車運送事業の性質上、重要とみられる場合には申請を却下し、そうでない場合には、他の基準において劣るときに限り、これと併合した理由で申請を却下するというものであり、また右ヘに関する内部的審査基準は、聴聞の日に提示される預貯金通帳、預金証書、社債、株券その他の有価証券等(現金、保険証書、借入金等は認めない。)によつて資金の裏付けをすることとし、聴聞の日から一ケ月以上七ケ月前までの期間につき、各月の最高預金残高の平均額(ただし、通帳等が同居家族の名義である場合には、その九〇%とする。)の所要資金額に対する割合が六〇%未満の場合には申請を却下し、六〇%以上八〇%未満の場合には、他の基準において劣るときに限り、これと併合した理由で申請を却下する、というものであつた。

(二)  原告の本件営業免許の申請の審査にあたり、被告の担当聴聞官が原告を聴聞したところ、原告は昭和三五年八月二七日東京簡易裁判所において道路運送法違反(いわゆる白タク)により罰金五、〇〇〇円の刑の言渡を受け、その裁判は上訴期間の満了日たる同年九月一〇日の経過とともに確定したこと(ただし、この点は当事者間に争いがない。)、また原告が右営業に必要な資金計画の裏付けとして提出した右への内部的審査基準に適合する資料(預貯金通帳五通。ただし、その提出の事実は当事者間に争いがない。)における預貯金残高の右内部的審査基準によつて算出された平均月額六九、六八七円であつて、原告が右計画上所要の資金額とした二四四、七〇〇円の二八%にすぎないことが明らかになつた。そこで、被告は右結果に基づき、原告が前記ハおよびヘの各内部的審査基準に適合しないとして、右免許申請を却下したものである。そして、右認定に反する証拠はない。

三  次に、右処分における審査判定上、原告指摘の問題点について考察する。

(一)  審査基準の妥当性および周知に関する点ならびに処分における却下理由開示に関する点について。

なるほど、個人タクシー営業の免許申請の許否を適正、公平に決定するため、設定される基準が、関係法令の趣旨にかなつた合理的根拠を備え、また、可能な限り具体的であるべきことは当然であるが、被告が道路運送法第六条第一項各号による免許申請の審査重視すべき事項として決定、公示した前記イないしヘの基準が右法令の趣旨に照し合理性を疑われるふしは全くなく、また、右イ、ロおよびヘの各事項は、いずれも原告主張の用語の故に、これに適合するか否かの判定上、多少とも、裁量の余地を残しているとはいえ、そのために原告主張のように、審査基準として必要な具体性を失うにいたつたとは考えられない。

次に、被告が多数の申請を処理するために設けた前記内部的審査基準が公示されず、また原告に告知されなかつたことは弁論の全趣旨によつて明らかであるが、右基準のうち、少くとも原告が適合しないと判定された右ハおよびヘの各事項に関するものは、いずれも右各事項を具体化したに止まり、これと別異の基準を設定したものではないと解されるから、その公示ないし告知がないことによつて審査の公正が保たれないと認むべき特別の事情がない限り、右基準によつてなされた処分を違法視するのは当らない。しかるに、右ハの事項に関する基準は一般の申請者の格別の挙証をまたずとも、同項所定の司法処分等が、いつなされたかという事実だけで、一律にその適否が決せられてしまうものであるし、また右への事項に関する基準は一応、聴聞における資料の提示のいかんによつて相異の生すべき資金計画の裏付けに関し、従つて、事前に告知されないことには審査の公正を期しがたいように思われるけれども、被告は右基準によつて聴聞時に提出を受け資金の裏付けとして評価に供すべき資料を特定するとともに、〈証拠省略〉によれば、原告を含む一般の申請者に聴聞通知書を送付し、これにより、持参がないときは挙証がないものとして処理される場合があるとの警告のもとに、右資料の持参を指示していることが認められるから、いずれの場合においても、基準自体の告知がないことにより申請者間に不衡平をもたらし、審査の適正を害する結果が生じることはあり得べくもなく、そうしてみると本件処分は前記内部的審査基準の公示ないし告知がなされなかつたからとて、違法とはいい得ないのである。

次に、また、本件処分が申請却下の理由を開示していなかつたことは弁論の全趣旨により明らかであるが、一般に理由の付記ないし開示が行政処分の形式的要件とされるのは、法律上、明文がある場合に限ると解すべきところ、タクシー営業免許申請に対する却下処分については、さような規定がなく、ほかに行政庁に理由の開示を要求すべき特別の理由もないから、本件処分はその理由を開示しなかつたために違法とされるいわれがない。

よつて、原告の以上の諸点に関する主張は、すべて採用の限りではない。

(なお、原告が不適合と判定された内部的審査基準の合理性の有無については、便宜、後述する。)

(二)  原告が受けた司法処分の点について

被告が審査上、重視すべしとして、公示した事項のうち、前記ハは違法行為により行政処分または司法処分を受けたことのある期間を「過去三年以内」と定め、これに関する前記内部的審査基準は、その起算日を聴聞の日と定めたが、かように道路運送法第六条第一項各号の趣旨を実現すべく、営業免許の許否を決する具体的基準を設定することは、もとより行政庁の裁量行為に属するものというべきである。

従つて、その裁量が合理的でないというのなら格別、他の裁量もあり得たというだけでは、これを違法とみるのは当らないところ、前記処分を受けたことのある期間の遡及すべき起算日としては、聴聞の日であつてはならず、原告主張のように被告が営業免許申請に関する許否の処分をする日でなければならないとする道理は少しもないから、この点に関し被告が定めた基準は違法ということができない。

そして原告が道路運送法違反により罰金五、〇〇〇円の言渡を受けた裁判は、前記のように昭和三五年九月一〇日の経過とともに確定したから、原告は聴聞の日たる昭和三八年九月一〇日から過去三年以内に司法処分を受けたものと解せざるを得ないのであつて、これと異なる見解に立つ原告の主張は採用することができない。

(三)  原告の資金計画の裏付けの点について

被告が審査上、重視すべしとして公示した事項のうち、前記ヘに関する内部的審査基準は営業に必要な資金計画の裏付けとしては預貯金のほか、社債、株券その他の有価証券等に限定し、現金、保険証券、借入金等を除外したが、タクシー事業が一般国民に交通手段を提供するものとして極めて公益性が強いため健全で安定した経営を持続することを要請されることはいうまでもないところであるから、右基準は一人一車制の個人タクシー事業を経営しようとする者に事業開始にあたり現実的で確実性のある自己資金の準備があることを要求したものとして、それなりに合理的根拠があるものということができる。もつとも、右資金から現金および保険証券(保険契約の解約による返戻金に還元される。)を除外した点に問題があるかもしれないが、現金はそれ自体では自己資金か、借入金かを判別することができず、また保険は、その性質上、事業資金への流用を期待するのを適当としないものであるから、これらをいずれも自己資金の範囲から除外したのは妥当であつて、非難するに足りない。

そうだとすれば、仮に原告がその主張のように聴聞の日に五〇万円の融資を受け得ることを証する書面および簡易保険証書を提示したのに、被告がこれを資金の裏付けとして認めなかつたとしても、被告のさような判定は、むしろ前記基準の適用上、当然のことであつて、なんら違法ではない。のみならず、仮に右保険の解約によつて取得する還付金を資金の裏付けとして認むべきであつたとしても、弁論の全趣旨によれば、その金額は約五〇、〇〇〇円にすぎず、これを前記預貯金の額六九、六八七円に加算しても、原告が事業計画上、所要の資金とした二四四、七〇〇円の六〇%に、はるかに達しないから、原告の資金の裏付けは前記基準に照し、なお不十分たるを免れない。

なお、原告は被告が右内部的審査基準を厳格に運用していなかつた旨を主張し、その一例として白川基資の場合を挙げるが、〈証拠省略〉によれば、白川基資は昭和三五年頃個人タクシー営業の免許を受けたものであるが、当時、その審査については前記のような基準が存在しなかつたことが認められるから、右白川の場合は例にとれないし、ほかに原告の右主張を認むべき証拠はない。

四  最後に、原告は、本件処分が、原告を従来の陸運行政に関する政治的活動の故に、差別したものである旨を主張するが、右処分の理由は、前記認定のとおり原告の営業免許申請が被告において合理的に設定した審査基準に適合しないと認められたことにあつたのであつて、条理を備えないとはいえないから、右主張に符合する原告本人尋問の結果は、たやすく信用しうるところではなく、ほかに原告の右主張を肯認するに足りる証拠はない。

五  以上により本件処分が違法であるとする原告の主張はすべて理由がないので、その取消しを求める原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 駒田駿太郎 小木曽競 藤井勲)

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